サンクチュアリ

私の聖域=秘密基地

テレビを見ない生活

ここにはテレビはない。

何となくテレビを見る習慣がなくなると最初は不安になる。

自分の時間をテレビに頼っていた事がわかる。

時間の流れも体内時計。仕事以外は時計は見ない。

最近聴かなくなった音楽をやっと聴くことができた。

過去に聴いていた曲はその当時の自分に戻ってしまう。

やり残したことも思い出す。

 

 

母の呪縛

よく怒られた。

早くしなさい!ちゃんと~しなさい!~してはいけない。

いつもそんな口調としかめっ面の母の顔がフラシュバックする。

おまけに、お父さんみたいになったらダメよ、と。

私は不良だったわけでも、成績が悪かったわけでもない。

先生には褒められるいい子だった。

 

大人になった今も何かの拍子に頭の中に出てくる。

心理学の本で読んだ。私は母の教えの呪縛から抜け出せないでいる。

~しなければならない、絶対~だ、とか言ってる。

最近 気づいてきたこと。

 

母とは価値観が違う。堅実的な母VS奔放な私。

思春期の時は意見を戦わせたが、今はそれさえ無駄だと気付いた。

話せば解かるとか、分かり合えるというのはないんだと思っている。

 

親の言うことを聞けとよく言われた。

私は小さいころから戦っていたな。今よりもっと孤独だった。

一人遊び、お留守番が大好きだった。ホームシックなんて無縁。

だから今強いのだろうか。

なんだかんだで母のおかげか。

 

 

夢にやぶれて。

夢がかなったとき、夢の真っただ中のときその先の将来まで考えられなかった。

考えてその先のプランまで決めていた奴は今もその夢の中に居る。

過去に一緒に活動していた頃から、自分の進む道をしっかり把握していた。

近くで見ていた当時はその集中力に魅了された。

野心的ではない、淡々と楽しんでいるような感じで。

本人が引き寄せたのか、引っ張られたのか。

どうしても比べてしまうのだけど、私は。

夢の真っただ中の私は気づいていなかった。

いくらでもチャンスのきっかけ掴めていただろうに。

まさに、ここにタイムマシーンがほしい今。

 

 夢にやぶれた私にはリアルな現実がそのあとには続く事になる。

やりたいことには代償がある。

やりたいことができたことで試練もくっついてくる。

やつは、影みたいなもの。

この世界では両方できなきゃいけないんだなと感じた。

そういう時に甘いなーって言われるのだ、親に。

 

達成感はなかった。

期待していたのだろうに、自分に。

何も得られなかった感覚に残念がってる。

こうなると自分にさえ期待できなくなってしまう。

ゲームとは違う。

違いは自分でコントロールしたかどうか。

流されるまま、なすがまま浮いていたのだから。

エネルギーを持たない船はどんどん海の端っこに流される。

それを上からずっと見ている私。

欲しかったのだろう達成感。

 マラソンのゴールのテープを走り切ってみたい。

自分との約束を守るまでおあずけ。

 

不幸じゃだめなのか?

自業自得の不幸。

あんたの態度が悪いからキツク当たった。

と。

慣れてこない私が悪い、と。

だから、キツク当たることは間違っていないと思うんだ、と。

悪いのは私。

誰かを悪者にしたいのです。

私は悪者だからそのまま悪者で居ようと思います。

開き直りでもありその人格も私だから。

私には他の性格もあります。見える人には見えると思います。

誤解や偏見、先入観、好みで好きにやればいいです。

ただとても悲しいですが。仕方ありません。

私は不幸に見えるでしょう、マイナス思考に感じるでしょう。

または、飛びぬけた楽観主義かもしれないです。